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観た映画いろいろ

いろいろ観てるのですが長い感想が書けない(笑)なので短文でまとめていくつか。 『47RONIN』(2013・アメリカ) 劇場でも観て、FOXで放送されたのを何年か前に観て、また放送されていたのでまた観ました。 特に日本人からすると賛否両論、どちらかというと批判のほうが多そうだし実際そうだったみたいですが、日本文化がーとかリアリティがーとかいうのを抜きにして、異世界ファンタジーとして捉えれば違和感は無いと思います。 ただ完全な空想・創作として切り捨てられない諸々が隠されていますので(脚本書いた人はかなり日本というか東洋のオカルトについては調査してるんじゃないでしょうか。そこをもっと見たかった笑)、折に触れじっくり観たい作品です・・・ 『レディ・ガイ』(2017・アメリカ) シガーニー・ウィーバー演じる女版レクター博士みたいな医者に性転換手術を施され、男性から女性になってしまった殺し屋をミシェル・ロドリゲスが演じるという、何ともマニアックな作品です(^-^; 男性パートも女性パートもどちらもミシェル・ロドリゲスが演じていますが、あれだけ迫力があってカッコいいミシェル・ロドリゲスでも、やはり男性にしては線が細すぎるのが分かってしまいますね(^-^; ハイクラスな教養の塊で冷徹非道で狂気じみた医者は、物語のキャラクターとしてはとても魅力的でした。もちろん現実にいたら嫌だけど(^-^; 『ボーン・アイデンティティー』(2002・アメリカ) 安心して見られるザ・ハリウッド製エンターテインメントといった趣ですが、続編が沢山あるので、やや物足りなかった点はそこで補完されるのでしょうか? 『ネオン・デーモン』(2016・フランス/デンマーク/アメリカ) これは言われているような作品ではなかったですね・・・全然違いました(笑)そういうの(いわゆる「女の嫉妬」とか)期待して見たら呆気に取られると思います。 安易なシンボリズム、薄っぺらい暗喩をこじつけても解釈出来ません。 多分アトランティス文明から勉強し直さないと理解出来ないでしょう・・・またやることが増えた(笑)まあ、あまり「好きな作品」ではなかったので(私はもっとどんちゃん騒ぎの明るい派手な映画が好きなんです笑)、多分何か別のモチベーションで勉強したときに理解出来そうです(...

美女と野獣(2017・アメリカ)/ペイチェック 消された記憶(2003・アメリカ)

あまり長い文章にならなかったので二作品まとめて 『美女と野獣』 超有名な名作の感想って、あんまり面白いことが思いつかないですね(笑) 何というか、「私の映画」って感じに思えないからかなあ、みんなのもの~みたいな・・・違うかなあ(笑) まあでもディズニーはとにかくハズレは無いですね。(笑)何らかの新規な体験が必ずあるので、好き嫌いとは別に、観て損は無いというか。 多人種、LGBTへの目配せみたいなのは、現代性を出すためかなあ。ディズニーはそういうのも必ず盛り込んでくる。 『ペイチェック 消された記憶』 なんだかんだで観てなかったのでは?と思っていたのですが、最初の20分くらいの記憶はばっちりありました(笑) でもそのあとは全く記憶になかったので、多分そこで何らかの理由で、観るのを止めたんでしょうね(^-^;多分寝落ちかなんかしたんでしょう、、、その後見直す機会もなく今。ということでした(笑) ジョン・ウーがハリウッドに行かなかったら映画界はどうなっていたのかなあ、しかしやはりこういう作品は、香港映画では作れない。 何だろう、風土が違うというか・・・大企業や国家の陰謀が絡んだSFサスペンス、みたいなのは、どうしてもハリウッドでしか作れないんでしょうかね(笑) 香港映画だと、どうしてもSF部分が弱くなりますね・・・まあそれは日本でもほかの国でも同様なのですが。 今回記事を書くために調べてアレ?と思ったのが、『美女と野獣』のアニメ版公開が1991年で、『ペイチェック』の公開が2003年って、どちらも何だか違和感が。 『美女と野獣』アニメ版はもっと昔の、「往年の名作」的な作品だと思っていたし、『ペイチェック』のほうも90年代後半だと思っていたので、あれ?2000年代?と・・・ なんかそういう記憶違いばっかりですけど(笑)

プリデスティネーション(2014・オーストラリア)

多分一年半くらい前に一度観たんですが、最近また放送されていたのでまた観ました(笑) あまりそういう映画ってないんですけどね、二回以上観たいと思う作品って・・・ まあ考察とかは自分の役目じゃないので止めといて(笑)、荒っぽい感想だけですが。 過去や未来の自分と出会い、関わり、影響を与え合うという現象が、この作品では一人の人間がタイムスリップし続けるという形で実現されていますが、これは輪廻転生の比喩というか縮図というか、極端な形で表現したらこうなるということでしょう。 潜在意識とかでいう「相手も自分」って、前世の自分と同じ時代に転生することが可能であるとしたら、きれいに説明できるんですね・・・多分違うけど(笑) 誰も彼も、愛した人も憎んだ人も、傷つけた人も傷つけられた人も、もしかしたら前世か来世の自分かもしれない、ということです・・・ たとえ話として、もしかしたら目の前の愛するペットの犬は、三日前に自分の元を去った恋愛相手の生まれ変わりかもしれない。さらに自分のいつかの時点での前世は、もしかしたらこのペットの犬だったのかもしれない。ということは、自分の元を去った相手も、いつかの時点での「自分」だったという可能性がある・・・ 時間軸に沿って転生する必要はないわけで、来世は1000年前の過去に生まれ変わるとかも可能で、また、自分が死なないと来世の自分を体験できないわけではなくて、同じ時代に来世の自分が生きていて、出会って友人になるかもしれない。 そういうことを考えると、皆が自分の生まれ変わりである可能性があるわけで、さらに言うと、全ての存在というのは、原初の存在が様々な座標(時代・性別等々の条件)で転生し続けて、世界を別々の視点から体験し続けている・・・そして自分も、ある時点で原初の存在が体験している「誰か」である、ということで、それが”we are all one”なのかなと・・・何を言ってるか分からないですかね(^-^;敢えて思いつくまま書いてみました(笑) バーテンダー=ジョンに撃ち殺される前に、爆弾魔=ジョンが「俺を愛せ」と言いましたが、そういうことでしょうね。バーテンダー=ジョンが爆弾魔=ジョンを理解して存在を許さない限り、1975年3月の爆破事件は阻止できないわけです・・・1975年1月の時点で、二か月後に爆破事件を起こ...

アメージング・ハイウェイ60(2001アメリカ・カナダ)

久々に、純粋に、めっちゃくちゃ面白かった!と思えた作品です(笑) 好きな俳優が出てるとか、好きな監督の作品だとか、そういうのでは全くなかっただけに余計に楽しい体験でした。 今また流しながらこれを書いてますが、あちこち小ネタも効いていて言うことなしです(笑) カメオ出演的に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』コンビ(マイケル・J・フォックスとクリストファー・ロイド)が出てますが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の脚本家が監督だったんですね、納得(笑) 日本では公開されずDVD発売のみだったらしく・・・だから2001年の作品なのに知らなかったんだなあ。 主演のザ・アメリカンなイケメン(笑)、ジェームズ・マースデンって他に何か出てるのかな?と調べたら、『アリー・マイ・ラブ』とか、けっこう有名な人だったんですね(笑)『X-MEN』のサイクロップスも彼だったのか!全然分からなかった!でもそういえばそうだね!(^-^;あとディズニーチャンネルのアニメ『なんだかんだワンダー』の、声優もしてたらしいです。いろんなところで実は既に出会っていたんですね(笑) 主人公ニールの誕生日が9/18という設定ですが、ジェームズ・マースデンの実際の誕生日も9/18なんですね(笑) 誕生日と言えば、全然どうでもいい話ですけど、ニールが目的地に小包を届ける日時として指定された10/2って、私の誕生日なんですよね(笑)そういう奇妙なシンクロニシティも相俟って、お気に入りの作品になりました。(笑)

怪物はささやく(2016アメリカ・スペイン)

以前の、映画感想専用のブログ(だったがその後グダグダに笑)を止めた途端、何故か映画が見られる環境になってきたのは、何の皮肉なんでしょうか(笑) まあ「映画を観ること」に対する、過剰ポテンシャル状態が消えたのかもしれませんね・・・全然見られない数年間を経て、純粋に気楽に、再び映画を楽しめるようになったのかもしれません。 昨日は二本観て、そのうちの一本がこちら。 『パンズ・ラビリンス』のスタッフが作っているそうですが・・・『パンズ・ラビリンス』は好きだったんですが、これはまあ普通、かな(^-^; 墓地にケルト十字があったので、舞台は多分アイルランド?なんでしょうが、映画鑑賞後にPCを開いたら、たまたまイギリスの修道院の画像が目に留まりそのままクリックしました。 そのまま次々表示されるリンク先に飛んでいくと、衝撃の事実が・・・「島のケルト」って実は存在しなかった?特にアイルランド人は、所謂ケルト人とは無関係?っていう説が、遺伝子調査とかで明らかになってきてたんですね、10年以上前に(笑) ケルト文化には人並みに興味がないわけじゃないですが、商業的な「ケルト的なもの」には何故か違和感が、、、というのは、このへんが理由だったのかもしれません(^-^;そもそもが捏造だった可能性があるわけです、、、 こういう鑑賞後の妙なシンクロニシティを含めたら、まあまあ面白い映画体験だったと言えるかもしれません。(笑)

ソイレント・グリーン(1973・アメリカ)

隠れた名作という感じでしたが、、、 なんて言うメーカーのサプリだったか忘れましたが、ソイレントっていう名前のなにかありましたよね(笑)ブラックジョークなのか何なのか、だとしたら非常にぞっとしない命名センス、、、 今自分が思っていることともちょっと関連していて、有用な栄養素なら、原料が何でもいいのか?という例の件です(笑) 肉よりもアミノ酸スコアが完璧なんだからホエイプロテインが至高とか、アレルゲンから抽出したタンパク質以外の栄養素(アレルギーは食材のタンパク質に反応して起こる、というのが科学的なメカニズムとされています)なら全くの無害なのでは?とか、いろいろと、科学的には正しそうだけど、現実の自分の身体が疑問を感じていることはあるわけで・・・ カゼインアレルギーなだけだから、カゼインを取り除いたバターやホエイプロテインは問題ないはずだ、というわけではなかったので、少なくとも自分の場合は、だから「食べられないもの」に関しては、まだよく分かってないこともあるのかもしれません。 まあ映画のほうは、栄養というよりは資源の面での問題でしたが。 ああそうか、人間の死体を原料にして完全栄養食=ソイレント・グリーンを作る―――というのは、体内における中古アミノ酸の再利用に擬えられるのかもしれません。 カニバリズムというか共食いは、DNAを狂わせるようですが、やっぱり仕組み的に不可能なようになっているんでしょうかね。中古アミノ酸問題も、行きつくところは自己免疫疾患だったりするので、まさに同じことなのかもしれません。断食や動物性食品の排除は、自分で自分をカニバルしてるということですかね・・・ 常に他種の動物を摂食しなければ生き延びられない、というのは自然のメカニズムなのかもしれません。 同種間やその個体の中ですべてが完結してしまうと、やはり何かがおかしくなるということでしょうか。多様性を保つために自然は出来ている。 でもその自然自体が渇涸したら?その原因は? 花粉症の原因として推測されている杉・ヒノキの人工的な植林もそうですけど、やっぱり多様性を破壊したからおかしくなるのかな・・・ 身体にしても、ある特定の栄養素(例えば糖質など?というのは余りに糖質制限ファシズムでしょうか笑)だけがアンバランスに増大してしまうと、存在の危機になる、...

バベル(2006・アメリカ)

何だかんだで観てなかった作品の一つだよなー、と思っていたのですが・・・ 部分的に、確かに観た!と覚えているシーンがいくつもあり、多分一回観てますね(笑)。 でも、時期がよく分からない。2006年公開ということですが、もっと前じゃないと自分の中での辻褄が合わないような、、、まあ、多分勘違いですね(^-^; この映画に限らず、2002~2008年の記憶は非常に曖昧です。ずっと靄の中に閉じ込められていたような、騙されていたような操られていたような、まあ典型的な統合失調症の症状でしょうか(笑)実際そうだったんでしょうね、完全にグルテンとカゼインと糖質とグルタミン酸ナトリウムその他諸々の有害物質に、頭の中が乗っ取られていましたから・・・ 2008年の年末に決定的なカタストロフがあり、ついにそれまでの世界は壊れざるを得なくなりました。その直後に、そこからの救済があり、正気に返った(笑)のですが、まあそこからの道のりも簡単ではなかったです。それまでの自分を知っている人々からしたら、逆にますます頭がおかしくなったと思われてましたから・・・(^-^;もう当時の知り合いとはすっかり縁が切れてしまいましたが。まあそうなるべきだったんだと思います。 何言ってんだか分からないですよね(笑)やっぱりまだ頭がおかしいの治ってないんだなこの人・・・と思って読み流して下さい(^-^; でまあ映画の話ですが(笑)、公式サイトは既に閉鎖されているようで、でもブログ(日本公式。ヤフーブログ)が残っていました。 https://blogs.yahoo.co.jp/babel_blog 著名人の方々が寄せたメッセージが記事になっていますが、その中に、ちょっとびっくりしたお名前が。高校生の頃すごく好きだった歌手、嶋野百恵さんのMVを手掛けていた、映像作家の丹下紘希さん・・・ 映画で描かれていたのも、丹下さんのメッセージの内容も、まさにこういう「縁」についてでした。 よく考えたら2008年末の「覚醒」も、そういう不思議な縁が連なった結果でした。 全てが繋がる奇跡のような瞬間というのは、たまに体験することができますが、実は自分が気付いていなかっただけで、既に常に繋がっていたことを後で知っているだけなんでしょうね。 願望実現云々も、きっとそういうものなんでしょうが、まだ...